深夜特急年末から正月三が日、友人から贈られた沢木耕太郎の「深夜特急」と「旅する力」を読んだ。この二冊を読んだのはいつだったか記憶は定かではないが二度目だった。風呂から上がりに、居間のテレビから中近東の砂漠を爆走する砂で汚れた切った中古バスがちらっと見えた。それは「深夜特急」だった。アメリカ映画「ミッドナイト・エクスプレス」はすでに見ていたので、最初は「深夜特急」も同じようなストーリかと思っていたが、主人公が香港からロンドンまでバスを乗り継いで旅をする物語だった。「深夜特急」はフィクションであるが「ミドナイト・・・・」は実話である。トルコで米国人旅行者が麻薬を密輸しようとして捕まり、四年の刑が裁判のやり直しで30年の刑期に伸び、彼は「深夜特急=脱獄」を図る。恐ろしく、そして面白く、私には忘れられない名画の一本である。私は年金生活が近づいてきたころ、退職したら暇つぶしとボケ防止を兼ね、何をしようかとあれこれ考えていた。我々、太平洋戦争前後生まれの世代は歌謡曲や演歌が好きであるが、私はあまり好きではない。私は留学中、出来る限り早く英語のヒアリングを早く取得するため、葡萄畑や墓で働きながら携帯ラジオ(トランジェスターラジオ)をよく聴いていた。ジョン・バイズやボブ・ディランなどの曲もよく流れていたので聴いた。1968年12月、4年5か月ぶりに帰国すると、吉田拓郎、南こうせつ(かぐや姫)、伊勢正三などのフォーク・ソング全盛時代であった。彼らの「旅の宿」、「結婚しようよ」、「夏休み」、「神田川」、「なごり雪」などの曲は私の感性に合っていたのか好きだった。年金生活が始まったら彼らの曲を弾こうとギター教室へ通い、航空会社勤めで海外外旅行もよくした。年金を貰い始めたある日、「あなたの経験」という懸賞募集を知った。1960年代、アメリカが激動したアメリカを体感した私は、それまで原稿用紙一枚も書いたこともなかったが私はワードプロセッサに向かい書き始めた。すでに米国留学から40数年経過していたが、100ドルを懐の留学した米国での経験は私に忘れることのできない強烈なインパクトを残していた。今では当たり前のようなアメリカでの日々の出来事が、まるで昨日のことのようにワードプロセッサのキーを通じ印字されていった。だが書きたいと思っていた米国の黒人暴動、キング牧師の公民権運動、ロバート・ケネディ暗殺、ベトナム戦争、学生の反戦運動,ヒッピーの出現などアメリカ社会が抱えていた諸々の問題の知識に私は疎く思うような文章にならなかった。まだパソコンは普及過程で私は持っておらず、資料集めに図書館へ通い、必要な資料を図書館でコピーしてもらい、それを持ち帰りワードプロセッサに打ち込むという作業の日々であった。ギターは10年習ったが、年一回の発表会で弾くだけでものにならなかった。海外旅行はほとんど毎年夏になるとスイスのツェルマットへ行った。スイスは世界一物価の高いし、国そのものを理解するには、ちょっとむつかしい国であった。しかし、私の脳裏に半世紀前のバイクで旅した中でも最も思い出深いでもあった。場所の一つであったし、世界一素晴らしい風景がスイスを囲み、好きな場所であったがもう飽きた。激動のアメリカを書けないのならバイク世界一周旅行しか私には書くネタがなかった。私なりに四苦八苦して書き上げ初めて応募した作品『カルフォルニア’60年代の記憶を訪ねて』はバイクで世界一周の旅へ出発するところで終えた。私が旅に使用したバイクは単に交通機関として利用しただけで、バイク旅行など金と暇があれば誰でもできる旅だと思っていたので、バイク旅行のことは書かなかった。この最初の作品は二次通過で自費出版して友人知人にタダで配ったところ、「バイク旅行のところが読みたい」という要望がほとんどだった。私の好きな著名な作家「深夜特急」の沢木耕太郎さえ「バスを使っての旅」を書いているのだからと自分を納得させて、次の作品「人生の途中下車」にバイク旅行の部分を書き加え再び応募したら330篇中、8位に入った。東ベルリンで東ドイツ軍に一時的に拘留され、アフガニスタンでは強盗に逢ったがバイク世界一周旅行してから58年が過ぎていた。だがタイトルが良くなかったのか反応は皆無に近かった。そこで、タイトルを「1968年のバイク世界一周旅行」に変えFacebookであげますと呼びかけたらあっという間になくなった。人間にはその数だけ生き方があるので、他人の生き方をどうこう言う権利はないが、旅の途中、何を観てどう感じ、その後の人生にその経験を活かし生きることが大事であるように思う。私は世界何十万キロ、何百か国走破などの記録には興味ない。面白くもおかしくもない。それでは使ったお金がもったいないような気がする。世界を観ることは就活に有利とバイクで世界旅行に出たが、それがスポンサーなし、自費で世界一周した最初のライダーと言われ、意識してやったことではないが・・・・・・・・・人生は面白いものである。
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