東京暮らしの思い出 大迫嘉昭 2023年4月7日(金) 16:04 |
何気なく覗いてみると、常日頃、投稿されている方の知的な文章が見当たらない。何か事情があるのか今年に入りここ数か月日々、投稿を中断されている。母校を飛び出し社会で活躍中の夢校卒生の中にも、その方の投稿を楽しみにしている人が多くいるはずである。何となく読み手と書き手の心情が気になった。食事中にそのことを女房に話すと「暇なんだから、代打で書いたらどう。書く材料はなんぼでもあるのでしょう・・・・、東京の隣に住んでいた【YMOの細野晴臣さん、亡くなった坂本龍一さん】、田園調布に家が建つの漫才師【セントルイスのセント】のこと、【作詞家の安井かずみ】のことなどと言う。そう言えば、80年代から90年代に、14,5年東京に住んでいた。我家の隣に建坪100平米ほどの地下室のある二階建てが立ち、もう40年ほど前のことで記憶が曖昧であるが、セント一家引っ越してきた。奥さんは普通の綺麗好きな奥さんで、家からはいつも掃除機の音が聞こえ、主人のセントが在宅の時はいつもセントの怒鳴り声が我家まで響いていた。そのうちにセント一家は田園調布に家が建ったのかその家から消えた。そ後に引っ越して来たのは(私の城下町)など作詞した安井かずみの妹夫婦、知的で上品な女性で主人も知的な男前で、玄関先で顔が合うと話していたが私など比べられないほど東京弁が上手なフランス人だった。その後先日亡くなったYMOの坂本龍一、細野晴臣が引っ越してきた。地下室がコンクリート造りで。楽器の音が外に漏れないので隣近所に迷惑かからないように購入したのかも知れない。神戸ならどこにもありそうな住宅街だった。少し行ったところには宇野重吉,タモリ、町内会には(いかりや)碇矢長介がいた。神戸は坂の街で上の家から下の家の屋根が見えるが、それが出来ない大都会東京での喰うか喰われるかの外資系暮らしはしんどかった。 |
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